人は、なぜ正解を探してしまうのだろう?
そんなことを、二ヶ領用水沿いを歩きながら考えていました。
私自身も以前は、随分と正解を求めるタイプの人間でした。
なぜ当時、正解を求めていたのだろう。
そう考えた時、正解が出ないと、ずっと「グレー」の状態に置かれるからではないかと思いました。
これは、これまでの日本の文化や教育にも起因するように思います。
間違ったことをしたら、ごめんなさいをする。
やっていいことと悪いことを、きちんと判断する。
テストでいい点を取る。
競争で勝つ。
皆さんも一度は、こうしたことを言われた経験があるのではないでしょうか。
もちろん、それらはとても大切なことです。
ただ、正解を求めるという行動は、それらの副作用でもあるのではないかと思います。
私自身、冒頭でお話しした通り、白黒をつけたがる人間でした。
ただ、社会の中で人と関わっていると、正解だけでは感情に向き合えないことを知りました。
人の感情を含めて考えると、時にはグレーや保留が必要になる場面があります。
正解を求めることは、ある意味で自分の感情を楽にする選択なのかもしれません。
でも、人生にはすぐに答えを出さなくていいこともあります。
白黒をつけないからこそ、見えてくる景色もある。
昔の私は、正解を探し続けていました。
でも今は、グレーのまま時間に委ねることも、一つの答えなのだと思っています。
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