人はなぜ比べるのだろう?

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人はなぜ比べるのだろう?
武蔵小杉からのバスの中でこんなことを考えてます。

ただ、自分自身これにかなり悩まされていました。
そこである一定の対処法まで持ち合わせてるけど、上手くいってないというのが現在地です。

人はなぜ比べるのか?
の答えはその対象の相手に恐怖心や生存本能から比べてしまうことがあると思っています。
これは実は認めたくないことがほとんどだと思いますが、まずはそこを認めるところがスタートラインだと思ってます。

それでここから難しいところが
健全な比較と不健全な比較があるんじゃないかということです。

健全な比較はこの比較が刺激になり切磋琢磨できる。所謂漫画でいうライバルといったところでしょうか。

不健全な比較は一言で言うと「隣の芝生が青い」という考え方です。
こうなると相手のことをろくすっぽ知らないのに悪口、影口を言ったりとなります。

昔、私も後者の不健全な「比べる」をしてました。こういう人間の最後は手痛いしっぺ返しが必ず何かしらのカタチで返えってきます。

これが良くも悪くも因果応報なのだと思っています。

因果応報は悪い意味で使われることが多いですが、本来は善い行いにも、悪い行いにも結果が返ってくるという意味です。

そして、それがいつ返ってくるのかは誰にも分かりません。

「桃栗三年、柿八年」という言葉があるように、芽が出るまでの時間はそれぞれ違います。

だから私は最近、

人と比べるより、自分がどんな種を蒔いているかを大切にしたい。

今日蒔いた種は、明日芽が出るかもしれない。

十年後かもしれない。

でも、いつか返ってくる。

だからこそ、自分が蒔く種だけは大切にしたいと思っています。

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